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2009年1月 8日 (木)

北京の旅・2日目ー2

暖かな日差しが差し込む室内は22度、暖房も必要なくエコな朝を迎えています。学校も始まったようで、やっと平常な生活に戻ったようです。子ども達の声もせず、とても静かです。我が家の近隣のガキ共は、元気が良いというか馬鹿というか、本当に煩いのです。朝早くから暗くなるまで、昔の子どものように外で遊んでいます。塾にも行かず、元気に外遊びばかりで大丈夫なのかしらと、他人事ながら心配しています?今日・1月8日は平成が始まった日なんですね。20年前、平成と書かれた額を掲げたあの人も今はこの世にいなく、月日の流れを感じます。20年前、昭和天皇の葬列をテレビで見ていましたが、とても寒い日だったような記憶があります。今の室温を見ると、地球の温暖化を強く感じます。

12月27日(土) 午前中は万里の長城・八達嶺を観光し昼食をとり、午後の観光は明朝の皇帝や皇后などの墳墓が一帯に固まって存在する「明の十三陵」の観光です。明の十三陵の名前は、13人の皇帝の陵墓があることからに由来し、最初に明の3代目皇帝である永楽帝が生前に自らの墓を建設したことに始まります。明朝200年の間には、16人の皇帝がいました。残りの3人は・・・・?初代の洪武帝が治めていた時代は都が南京にあったために、洪武帝は南京郊外に眠っています。2代目の建武帝は永楽帝のクーデターにより行方不明となっています。7代目の景泰帝は、兄の6代皇帝正統帝が他民族の捕虜の身分から解放されて都に戻った後に帝位を追われてしまいます。2003年にユネスコの世界遺産に登録されています。現在公開されているのは、長陵(第三大皇帝永楽帝と徐皇后の陵墓で明十三陵の中では最も建築規模が大きく、造営された時期も早い)、昭陵(第13代皇帝隆慶帝と皇后3人が埋葬されており、十三陵の中では大規模に修復された陵園)、そして3つ目が定陵で、今回観光するところです。         Cimg6449 Cimg6453 Cimg6454 Cimg6458

第14代皇帝万暦帝と皇后二人が埋葬されています。定陵は前方後円形で古代中国の哲学概念「天圓地方」に象徴されています。定陵の造営は万暦12年(1584年)に始まり6年後に完成します。費やされた銀は800万両といわれ、陵墓が完成したとき万暦帝は28歳でした。1620年に亡くなり、陵墓が完成してから30年後に使用されることになりました。定陵は明十三陵の中で3番以内にはいる規模の大きさで、面積18万平方メートルです。中国の統一王朝で唯一発掘された陵墓で、現在は地下宮殿が一般公開されています。先ずは、皇帝・皇后の遺品が展示されている博物館を見ました。    Cimg6459 Cimg6460 Cimg6461 Cimg6463

驚くほどの物は無く、そこそこの生活だったようですね?続いて階段をドンドン下りて(エレベーターはないのか!)地下陵墓の見学です。                      Cimg6466 Cimg6469 Cimg6472

十三陵の中で地下宮殿が発掘されているところで、地下9階まで階段を下ります。安置された皇帝の棺に頭を下げながらも、しっかりと観察しました!以前見たのは長陵で、その棺の大きさに驚いてものでしたが、こちらはのはそれほど大きくなかったです。北京の世界遺産・2つ目の観光でした。残り10の陵墓は未公開ですが、いつか、公開されるときもあるんでしょうね?その時はまた来なくては・・・・・!

未公開陵墓は、献陵(第4代洪煕帝)、景陵(第5代宣徳帝)、裕陵(第6代英宗帝)、茂陵(第9代成化帝)、秦陵(第10代弘治帝)、康陵(第11代正徳帝)、永陵(第12代嘉靖帝)、慶陵(第15代秦昌帝)、徳陵(第16代天啓帝)、思陵(第17代崇禎帝)の10の陵墓です。 Cimg6478 Cimg6479 Cimg6481 Cimg6483                                

七宝焼きの工場を見学しました。近くに七宝町という所があって、七宝焼きの産地で有名ですが、工程を見たのは初めてでした。

Cimg6486 吉野家やマクドナルド、ケンタッキーなどが至る所にあり日本と変わることない風景です。レストランで北京ダックの夕食を食べ、ホテルに戻りました。

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