ラオスの旅・2日目ー2
11月9日(日) 8:30 ドンチャン・パレスを出発し先ず、ワット・シーサケット、ワット・ホーパケオ、そしてタートルアンを観光して、昼食まで時間があるので市場の見学です。



11:45 ヴィエンチャン市民の台所「トンカンカムマーケット」の散策です。入り口の果物売り場から始まります。焼きバナナは甘くなくて、果物嫌いな私でも食べられます。ミカンやいろいろな果物がありましたが、食べない私には名前もわからないし、興味もありません。
白菜がありましたが、とても小さくしょぼくれていましたが妙に美味しそうに見えました?
魚売り場にはスープ?のようなものやメコン川で取れた魚をフライにしたものや焼いたものなども売られていました。ナマズのような魚も跳ねていました。
生きたカエルや豚の耳なども沢山ありました。ラオスではカエルやヘビが市場で売られていると言うことでしたが、ここではカエルだけでした。
市場の中には美容院もありました。美しくなりたいと願うのは万国共通の願いなんでしょうね!
お休み中の猫ですが、ラオスの猫はとてもゆったりとしていて、少々のことでは動きません。走るなんて事は無く、とてもゆっくり歩きます。
お供えの花を売る花屋がずらーとありました。
ラオスと言えば、もち米、中でも黒米は最高級品だそうです。市場の散策を終え、12:20 「迎賓酒店」にて昼食です。かなり暑い中歩いてきたので・・・・・・ラオ・ビールで乾杯です。
ラオ・ビールはまろやかで酷があって、ビール苦手な私でも一本、呑むことが出来ます。ドイツビールよりも好きかも・・・・・と思うくらいファンになりました。ラオ・ビールを飲むために又、ラオスに行こうかしら・・・・・なんてね
!カエルの唐揚げなどのランチをいただき次に出発です。
13:35 パトゥー・サイ(アヌサワリー)に到着です。ランサン通りにある戦没者記念塔です。記念塔を意味する「アヌサワリー」と呼ばれていましたが、この塔がパリの凱旋門を模して建てられたことから、近年は凱旋門を意味するラオス語で、パトゥー(門、扉)、サイ(勝利)と呼ばれています。下から見上げた天井にはラオスの典型的なモチーフ、神々や3頭の象のレリーフがあります。戦没者の慰霊碑として1956年から1962年にかけて建設され、新空港建設に使用される予定のセメントで建てられたそうです。パリの凱旋門と同じように内部の階段から塔のテラスへ上がることができます。暑さとほろ酔いでお疲れ気味でしたが193段の階段をエッチラコッチラと上りました。
苦労して上ってきた眺めは素晴らしく、今朝出発したドンチャン・パレスが彼方に見えていました。ラオス一の高層ホテルとの事でしたが、本当でした。塔の高さ45mからのヴィエンチャンの風景を満喫しました。凱旋門を後にして空港へ向かいます。
14:23 ヴィエンチャンのワッタイ空港に到着です。1999年6月に日本政府の無償協力金によって出来たものです。国内線は小さい建物です。
15:25 QV405便の離陸です。ステップ7段登って機内へ入ると、座席は2席通路、2席で1~14列で、13列目はありませんでしたから定員52名のこじんまりとした機体でした。満席でヨーロッパ人が多く、ラオス人はいないようでした。パンと果物の入ったボックスとお水がサービスされました。
窓の外を眺めているともう着陸です。16:00 シェンクワンに到着です。あっという間の時間でした。
降り立った途端に出た言葉は「サムッ」でした。爽やかではなく、寒いのです。出発前からシェンクワンは寒いですと言われていましたが、これほどの寒さとは・・・・・・・!ここシェンクワン県の最大の見所であるジャール平原に向かって小型バスで移動です。
16:35 大小さまざまの石壷(ハイヒン)がジャール平野のそこかしこに散らばっている風景が見えてきました。「ウオー!スゴ!」と声を出し、「これが見たかったのだー・・・・」など感激に酔いしれ、寒さも忘れていました。
ジャール平原の石壷はサイト1、サイト2、サイと3と大きく3つに分かれています。この日は一番規模の大きいサイト1の観光でした。石壷は全体で500くらいあるようで、サイト1には334個あるそうです。8世紀くらいのもので、いずれも巨石を削って作られたようです。大きいものでは高さ3,25mにも及び、遠くから象を使って運んできたようです。何に使われたのかは諸説あり、酒や米の貯蔵や石棺として使用されたのではないかといわれています。石壷のそばから人骨やガラス玉、石器などの日用品が発見されたことから、石棺説が有力ですが、壷の用途については今もなお真実は謎のままです。不思議な雰囲気漂う石壷を覗いたり、叩いたり、中には上に登って喜んでいる外国人もいました。この風景を見るためだけに、飛行機に乗りわざわざやってきたのですから、思いっきり目に焼き付けておきました。
これは地雷を知らせるものです。「赤色から向こうには地雷が埋まっていて危険です。白色からこちらは安全です。」平原のあちらこちらに置かれていました。
謎の洞窟がありました。人工的に作られた洞窟のようで、天井には大きな穴が開いていました。この穴が開いているということは、石を焼くためのカマドではなかっったかと言われていますが、はっきりとしたことはわからないようです。ベトナム戦争のときはここへ逃れた来たそうです。
ジャール平原に沈む美しい夕日も見ることが出来ました。
17:25 ジャール平原のたそがれ風景を見ながらホテルに向かいます。このツアー、最悪のホテルといわれているので、しっかり覚悟です。
18:15 ホテル・プーチャン・E1の部屋です。大きな暖炉が部屋の大半を占め、荷物置き場が狭く、恐ろしげな部屋です。さっそく、金鳥蚊取り線香の2ヶ所焚きです。コテージ風の建物で,E棟には3つの部屋があります。木で出来ているだけなので隙間からは外が見えます。シャワーは湯沸かし器が付いていて、幸いにも暑すぎるお湯が豊富に出ます。が、寒い!
7:30からの夕食は、暗い道を歩いてフロント棟へ!暖炉には薪が燃えていましたがここも寒いです。寒い時は・・・・・・酒です。ラオスの地酒・ラオラオを飲みました。松茸のようなキノコに漬けてあるラオラオは、ショットグラス1杯で1ドルでした。アルコール度数60度くらいで、松茸の香りがして飲みやすかったです。これ以後、ラオビールと共にラオラオファンになっていくのですが・・・・・・!食事が終わり、暗い道を歩いてE棟に戻ってきましたが、テレビがあるわけでもなく、外が見える窓があるわけでもなく、ただひたすら寒い部屋で震えるだけでした。湯沸かし器があったのでお湯を沸かし、お湯わりのウイスキーで身体を温め、ババシャツをパジャマの下に着込み、ベッドにもぐり込みました。「さむい、さむい・・・・・」とつぶやいているうちに眠ってしまいました。
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